コラム

COLUMN

右ハンドルのT型フォード 1920年代の宇都宮 みんなのお宝写真館(18)

柴田さんが保存していたT型フォードの写真。後部座席の子どもが柴田さんの父で、運転席でハンドルを握るのが柴田さんの祖父だと考えられる。

材木商の祖父が買った世界的名車

埼玉県戸田市の柴田勇さん(65)が保存していた写真には、ピカピカの新車に乗って、記念撮影をする家族が写っている。柴田さんいわく「材木商を営んでいた祖父が買った車だと、母から聞いています。後部座席には父が写っています」という。確かに、車の周りには積み上げられた丸太や木材が写っており、写真を拡大すると法被の胸元には「柴田材木」の文字が見える。ハンドルを握っているのが祖父だろう。よくみれば右ハンドルではないか。

T型フォードは1908(明治41)年に発売され、その後約1500万台も量産された世界的名車だ。

写真のT型フォードについて、古今東西の自動車を展示し、世界の自動車技術・文化の歴史を広く伝えるトヨタ博物館(愛知県長久手市)に聞いたところ、「1917~23年に作られたモデルではないか。日本フォードは1925年から横浜工場でノックダウン生産(部品を輸入し、現地で組立・販売する方式)を始めたが、グリルの形状がもう少し縦長で異なるため、写真の1台は日本製ではなく輸入車だろう。T型は左ハンドルに統一されたが、イギリス現地生産車は右ハンドルだった。1920年代には中古車や並行輸入車も出回っていたと予想されるので、どの年式かまでは分からない」という。

その上で「1925年頃といえば、給与所得者の平均年収が600~700円の時代。輸入のT型は一番安いモデルで1800円、その後日本製になって1400円と価格は下がったが、まだまだ庶民に手の届く代物ではなかったはず」と推測する。1925年頃、日本全体で乗用車は約2万台保有され、そのうち40~45%がフォード(ほぼT型)だったという。写真の車はその中の1台ということになる。

しかし、分かるのはここまで。撮影日も撮影場所も記録には残っていない。柴田材木店も現存しないが、その後も実家があったのは宇都宮市塙田3丁目だという。地図を見ると市の中心部、二荒山神社のすぐ東側にあたる。写真には家屋の背後に大きな建物の屋根のシルエットが写っている。これが二荒山神社ならビンゴ!だ。はたしてどうか? 記者は現地を訪ねてみた。

JR宇都宮駅から徒歩15分ほど。塙田3丁目にあたる約200メートル四方をくまなく歩いても、100年前の痕跡を見つけることはできなかった。この辺りは1924年には大火に見舞われ、1945年7月の空襲では半数の家屋が罹災している。町並みはすっかり変わってしまったようだ。頼みの綱だった二荒山神社の屋根も鎮守の森が隠してしまい、それとは確認できない。

最後の望みを託して、記者は「天勢寺」というお寺に向かった…。

みんなのお宝写真館(19)へ続く。

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