コラム

COLUMN

白い装束が印象的な野辺送り みんなのお宝写真館(19)

柴田さんが保存していた写真の中には、葬儀の模様を写したものもあった。参列者の白装束が印象的だ。

まさかの「宗派が違います」

みんなのお宝写真館(18)に引き続き、埼玉県戸田市の柴田勇さん(65)の写真についてご紹介。

記者が最後の望みを託して向かった「天勢寺」。そこは柴田家の菩提寺で、現在も兄弟で先祖代々の墓参りに訪れるという。

実はもう1枚、柴田さんから預かった写真があるのだ。「祖父の葬儀の写真ではないか」という1枚には大勢の参列者が写っており、財を成した材木商にふさわしい盛大な葬列に見える。

突然の訪問にも快く対応してくれた僧侶は、写真をみて真っ先に「宗派が違いますね」と指摘した。複数の僧侶が写っているが、袈裟の掛け方などが天勢寺(曹洞宗)とは違うという。僧侶の顔も、ここ数世代前までなら顔写真などで見覚えがあってもおかしくないが、心当たりがないそうだ。「別のお寺かもしれません」と他宗派の寺をいくつか教えてくれた。

栃木県立博物館にも写真を見てもらった。
「複数の僧侶が写っており、大きな家の葬儀と思われます。中央に写っている輿(こし)に棺が載せられていると思われますが、奥行きが小さいように見えるので座棺(座った姿勢の棺)ではないでしょうか。そうであれば明治後期から大正初期くらいのスタイルです。輿につながる綱を皆で持っており、野辺の送りの出発シーンでしょう」と推測した。白い装束の人が多いが、「明治以前の喪服は白が普通。ただ、女性が頭を覆っているのは珍しい。寒い季節だったのかもしれません」とのこと。
明治~大正初期の葬儀だとすると、1920(大正9)年頃にT型フォードを乗り回していた柴田さんの祖父にしては、少し時代が早い可能性も出てきたが、これ以上のことは分からなかった。

依頼主の柴田さんに取材の結果をお伝えすると、「よくここまで調べていただいて、ありがたい限り。親から引き継いで残った古い写真はこの2枚だけです。戦争もあったし、ほとんど焼けちゃったんでしょうね。こういう平和な時代もあったという記録として残さないといけないですね」と写真を見返していた。近々、お墓参りに行くつもりだという。

柴田勇さん

 

<取材後記>

今回は約100年という「時間の壁」が厚く、誰かの記憶に頼ることが難しいのは分かっていた。撮影日などのメモが残っているわけでもなく、手がかりは写真に写っている物だけ。多くの専門家に話を聞いたり、古い資料をひっくり返してもらったりしたが、断定的に言えることはほとんど無かった。あくまでも一般論として類推した内容は上記の記事の通り。

宇都宮市内での取材では、誰からも嫌な顔で追い払われることは無く、同じ写真を見て何かしら思うところを言ってくれた。それは古い写真が持つ「つなぐ」力だろうか。
地元の古い建材店から業界の長老を紹介してもらったり(入院中でお会いできなかったが)、何か記録があるかもと訪ねた老舗の呉服店に、知らなかった史料館の存在を教えられ、訪ねたりしたこともあった。
記事中の「天勢寺」でも、まさにいま用事で出かけるところだった僧侶の奥さんがこちらの要件を聞いて墓地内を案内してくれ、庭木の剪定をしていたベテラン庭師まで加わって地元の歴史を聞かせてくれた。そこに現れた僧侶が写真を見てのひと言は、思いもよらない切り口から、こちらの期待を見事に打ち砕いてくれた。

今回の取材を通して強く感じたことは、もし古い写真が手元にあって、「この時はね…」と話せる語り手が残っているなら、今すぐにデジタル保存を検討して欲しい、ということに尽きる。写真はそこに写っていないデータとセットになることで「本当に不変の価値」を持つようになるからだ。(菊池康全)

WEBお申し込みで基本料金無料

最短5分!かんたん4ステップ

Webからお申し込み

資料請求・お問い合わせも
受け付けております。

お電話からお申し込み

東京

03-6868-8255

大阪

06-7878-6588
平日 10:00~17:00
(土・日・祝日・年末年始を除く)

PAGE TOP