野口雨情(前列右から3人目)、本居長世(同4人目)らの集合写真=佐藤敏夫さん提供

みんな昔のまま ここに

「赤い靴」「七つの子」などの童謡を残した名コンビ、詩人の野口雨情、作曲家の本居長世を囲むように撮影された記念写真。さいたま市の佐藤敏夫さん(93)の母キクさんが、大切に保管していた1枚だ。

アルバム31冊、ポケットアルバム50冊に収められた家族写真や一家に伝わる古い写真計約9350枚とともに、朝日新聞社のデジタル化サービス「ニッポン写真遺産」を通じてDVDになった。

写真の裏には、写っている人の名前とともに「大正十五(1926)年十二月四日」「童謡音楽と舞踊と御(お)話の会」「水海道高等女学校(現・茨城県立水海道第二高校、常総市水海道橋本町)に於(お)(い)て」と書いてある。童謡歌手として活躍した、本居の3人の娘、作文教育で知られた教員ら地域の名士もいる。

看護師だったキクさんは、茨城県南部で暮らした当時、この地域の有力者一家と交流が深かったといい「記念にもらい受けたのではないか」と佐藤さんは推測する。

野口の孫で茨城県北茨城市にある生家・資料館の代表である不二子さん(76)によると、この写真の存在は知っていたが、野口や本居一家以外の氏名や詳しい撮影場所は不明だったという。「古いものを大事にしていただいた。野口の心が伝わったようでうれしい」と喜ぶ。

キクさんは戦後、故郷の福島県相馬市で暮らした。最期をみとるために36年前、佐藤さんが当時暮らした千葉県に呼び寄せた際、身の回りの品とともに、こうした写真の詰まった段ボール箱を持ってきた。

家族の写真をこつこつと整理し続けた佐藤さんの妻和子さんも3年前に亡くなり、作業を引き継いだ佐藤さんが約1年半かけてアルバムにまとめた。ちょうど作業を終えたころ、ニッポン写真遺産の広告を目にした。

「めぼしい写真をDVDにしてもらおう」と提案したのは長男の秀敏さん(68)。「全部やってしまおう」と佐藤さんが応じた。DVDが届いて以来、テレビの大画面に写真を映して思い出をたどるのが佐藤さんの日課になった。

「もうみんな亡くなってしまった。だけど、ここには昔のままいるからね」

野口は1919年創刊の童謡童話雑誌「金の船」(のち「金の星」、29年終刊)初代編集長を務めた。くしくも今年は100周年にあたる。

母の遺品である古い写真の由来を話す佐藤敏夫さん