コラム

COLUMN

「昭南市電」という名のトロリーバス 日本占領下のシンガポールで みんなのお宝写真館(21)

車体側面に「昭南市電」と右から書かれたトロリーバス。1942年撮影。

陸軍の技師だった亡き父のアルバムに

車体側面に大きく「昭南市電」と書かれたトロリーバス。1942(昭和17)年にシンガポールで撮影された写真だ。
シンガポールは、戦時中に日本の占領下にあった期間、「昭南島」と呼ばれていた。その時期に同市内を運行していたトロリーバスを写したものだ。
この写真は、愛知県の70代男性から寄せられた。亡き父の遺品のアルバムに貼られていた一コマという。

鉄道情報サイト「鉄道コム」編集部の調べによると、当時、シンガポールでは燃料不足のためガソリンエンジンのバスの運行が難しくなり、トロリーバスが復権。「昭南市電」として運行され、運営権は東京急行電鉄に与えられていたという。
写真の車両は、1等と2等の2クラス制。シンガポールを始めとする植民地では、本国国民と現地人を区別するため、2クラス制をとるのが一般的だった。その後、1943年に床面を低くして1等2等の区別をなくした新型車両が登場し、順次置き換えられていった。
1945年の日本の敗戦後も、当地でのトロリーバスの運行は続いたが、バスへの置き換えが進み、1962年に全廃された。

このアルバムには、トロリーバスだけではなく、シンガポールの当時の街並みを撮影した写真も多く残されていた。
男性によると、陸軍の技師だった父は1942年9月から翌年2月にかけてビルマ(現在のミャンマー)に出張し、その際、船の乗り継ぎのためシンガポールに数日間滞在したようだ。「旅の記念に自分のカメラで撮影していたようですが、父はこの出張をはじめ、戦時中の話を子どもたちに語ることはほとんどありませんでした。アルバムが見つかって、聞いてみたいことが増えたけれど、今となっては知る人もいないのが残念です」

「昭南市電」の写真はもう一枚あった。背後にあるのは古タイヤの山のようだ。

 

トロリーバス用の架線も見える道路。右にはコロニアル様式の建物も。

 

チャイナタウンと思われる一角。2階や3階の窓から出された物干し竿が印象的だ。

 

チャイナタウンにあるヒンズー教寺院、スリ・マリアマン寺院を写したと思われる写真もあった。

(冒頭の「昭南市電」の写真は、2019年9月15日付朝日新聞朝刊(東京版)に、「懐かしの鉄道写真展」の案内記事とともに掲載されました)

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