コラム

COLUMN

明治時代の旧制高校 外国人教師の意外な姿とは みんなのお宝写真館(24)

和服で茶の湯をたしなむオットー・プレンツェルさん(右)。撮影は明治時代の終わりごろとみられる。

熊本・五高、貴重なプライベート写真

明治時代の旧制第五高等学校(五高=熊本大の前身)の外国人教師などの様子を記した貴重な写真が、当サービスに寄せられた。

主に映っているのは、ドイツ語教師ゾフィー・ビュットナーさんやオットー・プレンツェルさん。
和服姿で宿舎である外国人教師館でくつろいだり、茶の湯を楽しんだりする姿が記録されている。

写真のもともとの所有者は、1912(明治45)年に五高を卒業し、東京帝大から医師となった佐藤(旧姓高沢)彰さん。
提供者である孫の大津陽子さん(72)=東京在住=の許可を得て、取材を進めた。

熊本大によると、ビュットナーさんはドイツに来ていた日本人外交官らにドイツ語を教えていた縁で、1907年に旧制第七高等学校(七高=鹿児島大の前身の一つ)に赴任。一度帰国した後、再来日し、五高で1911~15年に教壇に立った。
きりっとした和服姿が印象的なプレンツェルさんは1909~12年に五高で教えていたが、詳しい記録はあまり残っていないという。

当時、医学部に進む学生にとってドイツ語は必修科目。英語と並び重要な外国語とされていた。
写真には、ビュットナーさんが学校の敷地内に用意された外国人教師館の庭でくつろぐ姿や、和服姿で佐藤さんと記念写真に応じる姿などが映っている。

熊本大五高記念館の藤本秀子研究員は「和服を着ている写真には驚いた。外国人教師のプライベートな姿の記録は少なく、とても貴重な写真だ」と評価する。

カメラやフィルムはとても高価だった。しかし、明治時代の終盤から、裕福な家庭の子どもがカメラを持ち込んで学内を撮影するようになったという。

佐藤さんは戦後、岐阜県飛騨市(旧古川町)で開業医となり、1974年に亡くなっている。孫の大津さんは15年ほど前、大量のアルバムを引き継いだ。五高の写真はその一部だ。

大津さんは「写真の散逸を防ぐ目的でデジタル化をお願いしたが、貴重な写真だとわかり、とても満足している」と話している。

 

和服姿のゾフィー・ビュットナーさん(右)と佐藤(旧姓高沢)彰さん。明治時代の終わりごろ、五高の外国人教師館で撮影したとみられる。場所は現在の熊本市中央区黒髪2丁目。

 

五高の外国人教師館の庭先でくつろぐゾフィー・ビュットナーさん(左)。明治時代の終わりごろとみられる。場所は現在の熊本市中央区黒髪2丁目。

 

オットー・プレンツェルさん(右)と佐藤(旧姓高沢)彰さん。

 

旧制五高の学生たち。

 

(この写真をもとにした記事が、2019年11月10日付朝日新聞朝刊(熊本版)に掲載されました)

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