コラム

COLUMN

最大級の被爆建物 戦前の姿がここに みんなのお宝写真館(30)

旧陸軍被服支廠で撮られた写真。アルバムに「勤労奉仕 被服支廠にて(昭十二)」とのメモもある。

 

戦後75年 父の記憶を次代に

広島市南区にある、旧陸軍の被服支廠(ひふくししょう)倉庫。現存する被爆建物では最大規模だ。
昨年、県が耐震性の問題から一部を解体する計画を発表したところ、反対意見も寄せられるなど、注目を集めている。

その被服支廠で1937(昭和12)年に撮られた写真がある。広島県師範学校の学生が勤労奉仕をしていたときの一コマだ。
同市で長く教職に就き、2016年に96歳で亡くなった加藤好男さんのアルバムにあった。

師範学校で学んだ加藤さんは、卒業後に教員となり、1943年に袋町国民学校(現在の同市中区にある市立袋町小)に着任する。

1945年8月6日朝、加藤さんは、生徒らと建物の取り壊し作業に当たっていた。いわゆる「建物疎開」の勤労動員だ。たまたま報告のため作業を離れたときに被爆した。

生徒の多くが犠牲になる中、自分だけ助かった罪悪感から、加藤さんはしばらく被爆体験を語ることはなかったという。
しかし、28年後に転機が訪れる。73年、米国政府から日本に返還された資料に、被爆直後の袋町国民学校の写真があった。
焼け焦げた校舎内の壁に、けがをした教え子を気遣って加藤さんが書いた伝言が写されていたのだ。

これが新聞で報道されたのをきっかけに、その教え子の消息が分かり、再会できた。
以降、加藤さんは学校での平和学習の場で講演をするなど、「語り部」としての活動にも携わるようになったという。

加藤さんの人生を記録したアルバム約10冊は、今春、家の建て替えを機に長男がデジタル保存を決意。次の世代に引き継がれた。

 

加藤好男さん=1959年ごろ

 
(この写真をもとにした記事が、2020年8月6日付朝日新聞夕刊に掲載されました)

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