コラム

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火山が生んだ「砂漠」 昭和初期の伊豆大島にいたラクダ みんなのお宝写真館(33)

右端でラクダに乗っているのが当間恵栄さん=昭和初期の伊豆大島・三原山

 

約90年前の人気アトラクション

東京の離島・伊豆大島の三原山で、昭和初期に撮影されたとみられる、ラクダにまたがる軍服の男性と制服姿の生徒が写る写真が寄せられた。

当時、三原山の観光ではラクダが活躍していたようだ。ゴビ砂漠生まれのラクダ2頭と満州(現在の中国東北部)産のロバ11頭が持ち込まれたのは1931(昭和6)年だった。火山岩で覆われた「砂漠」を観光客にラクダに乗ってもらい遊覧させるためだったという。

地元で工房を営み、ラクダの来歴について詳しい藤井虎雄さん(69)によると、遊覧料金はラクダが1円、ロバは50銭だった。
ラクダには「ギャン太郎」などの名前がつけられており、鈴の音を鳴らしながら砂漠を進む姿がエキゾチックだとして、話題になった。
ラクダたちは1日の仕事が終わると、砂漠に放たれ、朝になるとイヌの鳴き声で集まったという。
作家の林芙美子や歌人の与謝野晶子・鉄幹夫妻がラクダに乗った写真もある。また、童話作家の新美南吉が三原山のラクダを描いた旅の絵日記も残っており、当時は人気のアトラクションだったようだ。

ラクダにまたがる軍服の男性は、川崎市の河野恵子さん(67)の父方の曽祖父・当間恵栄(とうま・けいえい)さんだ。
恵栄さんは沖縄出身で、「若い頃は本土への憧れがあり、猛勉強して陸軍に入り将校になったと聞いた」。
陸軍幼年学校で教えていた縁で、東条英機とも親交があったという。
詳しい経緯は不明だが、都内の学校の生徒を引率して大島に行き、この写真が撮影されたらしい。

河野さんは、晩年の恵栄さんと暮らした。
「背が高く体格ががっちりしていた。物静かで優しく、いつも本を読んでいた。難しい文体の日記も残っており、教養があったのだと思う」
恵栄さんは、河野さんが小学校1年生のころ亡くなったという。
河野さんの母は「おじいちゃん(恵栄さん)は平和主義者だったから、戦争には反対だったのよ」と話しているという。故郷・沖縄が悲惨な戦場になり、軍人として思うところがあったのかもしれない。

河野さんは、音楽大学を卒業後、幼稚園教諭になった。サウジアラビアの日本人学校で教えたこともあり、帰国後はピアノ教師に転じた。
母が持っていた写真や資料を、コロナ禍で在宅が続いたことをきっかけに整理し、写真のデジタル化を進めることにしたという。
当間家は、旧琉球王朝の王家だった尚(しょう)家とも縁があり、戦後に撮影されたとみられる記念写真も残されている。

 

左端でラクダに乗っているのが当間恵栄さん。「昭和7(1932)年5月10日」を意味していると思われるスタンプも押されている。

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