コラム

COLUMN

おしゃれなテーラーの6人きょうだい 戦前の名古屋で みんなのお宝写真館(35)

和服の女性が杉山さんの祖母・ヤヱさん。その右隣に立つ少女が母・照子さん。
その後ろが祖父・慶一さん=1941年ごろ撮影

 

今も受け継ぐ「仲良く」の家訓

まだ戦火が激しくなる前。当時としては精いっぱいのおしゃれをして、少し緊張しながらも穏やかな表情の家族写真。埼玉県川口市の杉山友美さん(62)の祖父母や母・杉浦照子さんの6人きょうだいらが写っている。

杉山さんの祖父・佐藤慶一さんは戦前、名古屋市の矢場町で洋服店を営んでいた。テーラーとして腕前が評判となり、三井物産など大企業に勤める顧客らに愛され、繁盛した。店は当時としては珍しく、大きなガラスのショーウィンドーを備えていた。華道の心得もあり、商品のほかに大きな生け花も飾った。

祖父は、女性が社会に出て活躍することにも理解があった。娘たちに勉強をすすめ、映画を見せ、松坂屋に買い物に行かせた。洋裁も教えた。子どもの好奇心を大事にし、「ダメ」と言うことがなかった。

祖母のヤヱさんはきれい好きで、1階の店舗と2階の住宅がいつもピカピカだった。6人の子どもたちに、掃除の担当を割り振った。店は1945(昭和20)年の名古屋空襲で焼けてしまったが、テーラーにとって命より大事な布地は防空壕(ごう)に入れて守った。

店の前で撮影した家族写真は、結婚して郊外に住んでいた長女が持っていたため無事だった。戦後、店があった場所は区画整理の対象となり、市内の別の場所で再開した。

母とおばたちについて杉山さんは「洋服屋の娘だけに、ファッションにこだわりがあった。生地を選び、型紙を起こし、服を仕立てることも日常的にしていた。姉妹が集まるとおしゃれ談議に花を咲かせていた」と振り返る。

祖父は常々「きょうだいは仲良く」と子どもたちに言い聞かせたという。6人は、結婚して家庭を持ってからも、ことあるごとに集まるなど、仲が良かった。

家訓は、その子どもたちにも脈々と受け継がれている。杉山さんといとこは、常々連絡を取り合っており、時々「いとこ会」に集う。「母ときょうだいが仲良くしてくれたおかげで、いとこ同士も仲が良い。それが佐藤家の財産になっており、誇りです」

今回、デジタル化した写真は杉山さんの実家を整理した時に出てきたものだ。「取り壊される家の前にアルバムが山積みになって捨てられるのを見て悲しかった。自分たちのアルバムもただ捨てるのは惜しかったし、妹とも手軽に写真を共有したかった」。そんな時、ニッポン写真遺産を知り、利用することにしたという。写真をサービスに出す際に整理することで、昔を懐かしむこともできたという。

 

祖父・慶一さん(右)と和服姿の母・照子さん(中央手前)=1955年ごろ撮影

 
(この写真をもとにした記事が、2020年10月7日付朝日新聞夕刊(東京本社・名古屋本社・北海道支社版)に掲載されました)

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