コラム

COLUMN

2018/10/18

みんなのお宝写真館(9)

堺市の福助の縫製工場にて=1944年撮影

 

■勤労動員で軍服作り 母の女学校時代

亡き母が大切に残していたアルバム4冊分を発注したのは、大阪府河内長野市の鶴岡喜美雄さん(65)。デジタル化が完了したら、画像をコピーして弟にも渡してやりたいという。「お前もオカンのこと、きちんと覚えておけよ、と言いたいので」

そんな、鶴岡さんの母・敬(けい)さんは堺市出身で、1928(昭和3)年生まれ。市立堺高等女学校(現在の府立泉陽高校の前身)に通っていた戦時中、勤労動員のため、同市にあった足袋・靴下製造大手「福助」の縫製工場で軍服作りをしていたという。そのときの写真が冒頭の一枚だ。

母に聞いた話によると、「からだの大きい子は農作業、小さい子は軍服作り、と割り振られた」。この写真は44年ごろに撮影された。既に戦局も厳しくなっていた時期で、原材料の調達や、完成品の前線への補給も難しくなり、この勤労動員は数か月で終わったそうだ。
当時、完成した軍服に添えた「慰問袋」に、女学校仲間と手紙を入れていたところ、戦後、それを見たという復員兵が突然自宅を訪ねてきたこともあったという。

敬さんは、2016年に88歳で他界した。写真を始め、様々な思い出の品を、きちんと大切に保存していた母だった。しかし、「学校の成績表だけは見つからへんかったんです」と鶴岡さん。

「生前、オカンに聞いたら、『戦時中の何もない時期に、たきぎ代わりに燃やしてしもた』と言うてましたわ。ウソかホンマか分からんけど」と懐かしそうに笑顔を浮かべた。

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