コラム

COLUMN

三つの時代 母が生きた証 みんなのお宝写真館(16)

母ヨシ子さんのアルバムにあった、奈良県女子師範学校排球部(バレーボール部)の写真=1930年代後半撮影

大量の写真 捨てるわけにいかず

「大正・昭和・平成を生きてきた母親の大量の写真を捨てるわけにもいかず、困っていました。平成最後の年に、生きてきた証しを整理できたので助かりました」とアンケートに答えたのは、奈良県天理市の吉田光江さん(66)だ。

昨春、母ヨシ子さんを99歳で亡くした。師範学校を出て幼稚園などで先生をしていた母は、結婚後、父文蔵さんの家業の商店を任された。しかし、戦争で中国へ赴いた父は戦後もシベリアに抑留され、帰国後に再会を喜んだのもつかの間、B級戦犯とされ巣鴨プリズンに。残された母は子どもを抱えて懸命に生き抜き、父の帰りを待った。

そんな波乱の前半生を送った母も、晩年は家族に囲まれて穏やかに過ごしていた。吉田さんは「母が元気なうちに」と、パソコン教室で母の写真約20枚をデジタル化した。動画にまとめると母も喜んだ。動画は昨春の葬儀でも上映。親族の涙と笑顔を誘った。

しかし、このときデジタル化した写真はごく一部だった。「母の遺品の写真は何千枚とある。とうてい自力ではできない」。吉田さんは段ボール1箱分のアルバム・写真を当サービスでデジタル化。納品されたテレビ用DVDは今春、母の一周忌法要で上映できた。

ヨシ子さん。奈良県女子師範学校の排球部の選手だった=1930年代後半撮影

(この写真をもとにした記事が、2019年4月23日付朝日新聞朝刊に掲載されました)

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