コラム

COLUMN

2020/09/30

写真家・浅田政志さんの人生を変えた「家族写真」とは(4)~瀬戸際に立つ「アルバム」の文化~

「4レンジャー」 写真集「浅田家」より/🄫浅田政志

 

「ヴァナキュラー写真」とは

一般社団法人写真整理協会代表理事・浅川純子さんによる対談シリーズ!

映画「浅田家!」(10月2日公開)で、二宮和也さんが演じる主人公のモデルとなった、写真家・浅田政志さんを迎え、全5回のコラムでお届けする企画。
第4回は、紙からデジタルへの過渡期にあるいま、瀬戸際に立っている「アルバム」の文化、そして、写真をプリントして飾るという文化について議論が進んでいきます。

 

浅田)みなさんの撮る何気ない写真を、写真用語でいうと「ヴァナキュラー写真」っていうんです。ヴァナキュラーとは「土着的な」という意味で、元々はヴァナキュラー建築っていう言葉があるんですね。木や石、その土地の湿度や気温、長年の歴史の中でそこに合わせた建物が自然にできていくんです。建築家のいない建築なんですよ。

浅川)「ヴァナキュラー写真」ですか。はじめて聞きました。

浅田)身の回りにたくさんあって、家の写真もそうですし、紋付を着た上半身写真だったり、背景が水色の単色だったり、七五三や成人式、結婚式の写真も、全部ヴァナキュラー写真なんです。

ヴァナキュラー写真と対比するのが「アート写真(芸術写真)」です。アート写真は全然違う、逸脱した異質なものだからこそ価値が評価されやすいんです。それに対して、ヴァナキュラー写真は、みんなどこか似ているんです。

浅川)そういえば、とあるイベントで、古い結婚式の写真を展示していたら、通りがかる方が「私かと思った」と何人も、顔を近づけて見に来られましたね。自分にも同じような写真があるからですよね。

浅田)世界で撮られている写真の99パーセントがヴァナキュラー写真なんですよ。みなさんは個人のヴァナキュラー写真に囲まれて生活しているのですが、僕はそのヴァナキュラー写真にすごく興味があるんです。

誰もが無性に残したいもの

浅田)写真が誕生して200年ぐらい経ちますけど、今まで写真家が、我が子の赤ちゃんのときの写真を作品としてまとめた本など、世界的に見てもほぼないんです。かたやヴァナキュラー写真を見てみれば、我が子を撮らない人のほうが稀ですよね。

浅川)はい、今も年間2万枚撮るお母さん達もいますね。

浅田)子どもが生まれたら、写真家も自分の子どもを撮っているはずです。ただ、写真家であろうと、我が子が可愛いっていう主観が入りますし、他人から見れば普通の赤ちゃん写真に見えるでしょうし、作品としては決定的に扱いづらいテーマです。

これまで我が子の赤ちゃん時代を軸に作品を発表した写真家はほとんどいないと思いますが、僕はそこにチャレンジしたいんです。

浅川)とっても面白いですね!

浅田)目の前のものを写真という便利な機械を使って、ビジュアルに残せるとなったときに、無性に自分の子の産まれた瞬間や赤ちゃんのときの姿を残したいですよね。そこを扱いたい、と思っているんです。みなさんの写真も、何気ない気持ちで、ただ本能の赴くままにシャッターを切ったのではないか。そこには写真の大きな真理が隠されていると思うんですよ。

 

映画「浅田家!」より/🄫2020「浅田家!」製作委員会

活用されない写真の現状

浅田)けれど、写真がデジタルになったからこそ、膨大に撮りまくっているのが現実で、どうしたらいいかわからなくなっているんじゃないですかね。そもそも、整理するのもどうやったって手間がかかるし、時間もかかるし、カメラ一台では整理できないっていう現実もあって、折角撮ったそういう写真が埋もれていくのではないかと。

浅川)はい、おっしゃる通りです。

浅田)活用されないっていうことが、ほんとにもう、由々しき事態というか。

浅川)赤ちゃんの写真を「絶対残さないと」という思いで、お母さんたちがたくさん撮影しています。でも撮っているだけで、見せていないというか、スマホの小さな画面で見せていても、それほど記憶に残らないようなんです。ある日その子に、赤ちゃんの時の写真を見せたら、「ママこれ誰?」と言われたそうです。

やっぱり写真は、「見る」ために撮ったのだと思います。その最も大切な行為が行われていないんです。浅田さんがおっしゃった「活用」というキーワードが、まさに今忘れられているんですよね。日本人は、しまうことが得意で、保存したり残したりすることで安心してしまいます。それをひっくり返して見てみなければ、その意味がないのだということ、脳に刻まれる機会を失うんだということに、気づいて欲しいのです。

浅田)しまうだけでなく、見ることが本当に大事です。僕もそう思います。

瀬戸際に立つ「アルバム」の文化

浅田)僕は、「アルバム」という形にすることが好きです。アルバムっていうものが生まれてから3、4世代、ひいおじいちゃんぐらいからの文化だと思うんですよね。

僕らの時代っていうのは過渡期にあって、アルバムの文化自体を僕らが継承するかどうかという瀬戸際にいます。できればこの先、下の代の人たちが、親がアルバムを作ってくれてよかったなと実感してくれるといいなと。時代の流れもあるでしょうが、そういうことの大切さを見直せるかどうかが問われる世代だと思うんですよね。アルバムは、その人の人生が詰まったまさに宝箱のような存在だと思うんです。

浅川)まったくです。アルバムは、見やすい形としてもとても優れていますよね。

浅田)あと、家に飾るのもいいなと思います。僕は他人(ひと)のご家族を撮るときには、最後に大きくプリントしてお渡ししています。リビングでもどこでもいいんですけど、家族写真を飾ってもらうっていうことを目標にしているんです。

浅川)ああ、いいですね。

浅田)アメリカでは、家族写真を飾る文化があります。家の棚や職場のデスクの横に家族の写真があり、飾ることが当然のように生活に溶け込んでいます。

日本人は壁に飾ったり、プリントして飾り付けるのがとても苦手です。子どもの頑張っている姿を壁に飾り、毎日見ることによって自己肯定感が増すという、「ほめ写」の取り組みもいいですね。家族の写真は当たり前すぎるので、日常とは違った視点から見ることができ、「愛されているんだな」と実感できます。

浅川)無言のメッセージが、写真にはあると思います。

浅田)ヴァナキュラー写真でいうと、最初の写真が生まれた200年くらい前のヨーロッパでは、ものすごく面白い形がいっぱいあるんです。壁に飾られている写真の周りに、亡くなったその人の髪の毛がリースで編まれてるんですよ。蝶々結びになっていたり、髪の毛で編んだブレスレットに写真が入っていたり、ロケットペンダントに写真が入っていたり、写真の活用の仕方がすごくたくさんあって。ただの写真を、その人のことを最大限感じさせるようなものにするにはどうしたらいいのかという、昔のそういった実験の痕跡が感じられて、すごく素敵で芸術的です。

浅川)なんだか、深い思いが伝わってきますね。

浅田)写真を撮ることができるようになった時代、写真がその人の生きてきた証を証明する唯一のものだったりするんですよね。

 

写真家・浅田政志さん

いかがでしたか、写真家・浅田政志さんに写真整理協会代表理事の浅川純子さんがインタビューしたコラムの4回目。
次はいよいよ最終回、写真家・浅田政志さんの人生を変えた「家族写真」とは(5)~「自分ごと」に置き換えて~と題して、理想的な写真整理のあり方や、映画「浅田家!」に込めた思いまで、浅川代表が浅田さんの話を引き出していきます。お楽しみに!

なお、映画「浅田家!」は、2020年10月2日から公開されます。
この映画公開を記念して、ニッポン写真遺産では、2020年10月末まで「映画『浅田家!』公開記念キャンペーン」を実施しています。

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